白馬に乗って
「白馬に乗った王子様が、きっと私のことを迎えに来てくれるわ」
夢見る女子の皆さんなら、1度は想像したことがあるだろう。現代風に言うなら「白い外車に乗った優しいイケメンが、仕事終わりの私を迎えに来てくれるわ」といったところだろうか。
かくいう僕も、「白い外車に乗って」という点では一致しているかもしれない。しかしその日の僕は、「黒いタクシーに乗って」彼女を迎えに行くことになる。
情けない話だが、再結成をした彼女とは別れることになった。4月の頭頃だ。潔癖症で夜の営みもない僕は限界だった。あっさりと別れ話をした後は、悲しみよりも仕方ないなという感情が湧いてきた。そうして、毎日仕事で怒られつつ、酒を飲みつつ、前と変わらない生活を送るようになった。
そんなある日、Twitterでとある人をフォローすることになった。のか、されたのかは覚えていない、なんとなく関西の人やな〜ぐらいの感覚だった。
軽い会話を挟みつつ、お酒を飲みましょうということになった。お互い平日休みの仕事をしているということもあり、「気軽に飲める人できてよかったな〜」と思いながら、会う約束をとりつけた。
ネットの出会いは未だに信頼していないので、念の為、電話をすることにした。可愛らしい声で、話を聞くのが上手な人だな、という印象だった。
翌々日だろうか、仕事終わりにラーメンでもと思いながら歩いていると、僕としたことが定休日であることを忘れていた。仕方がないので同じ通りのお好み焼き屋に1人でなだれ込む。キムチと生ビール、豚玉にレモンサワーで出来上がった僕は、常連さんとの会話もひとしきり、お店を出ることにした。
人間は人恋しくなると電話をかけたくなってしまう生き物らしい。ふと、2日前に聞いた声が聞きたくなった。
「今夜はまだ起きてます?」
「起きてる」
「酔いどれの電話に、少しだけ付き合ってもらえませんか」
「コンビニ行く準備するから待ってて」
僕の耳に、彼女の可愛らしい声が届いた。内容は覚えてないので、たわいも無い会話だったのだろう。
翌日、お礼の連絡を入れると、向こうも嬉しかった、とのこと。揺れていた気持ちが確信に変わった。
「今夜、仕事終わりにいかがでしょう」
本当はもう2週間先に会う予定だったが、前倒しで会うことになった。仕事終わりに、黒いタクシーに乗って、飲み屋街へ繰り出した。
金曜日の飲み屋街はサラリーマンに大学生、時間帯も21時半ということも相まって、たくさんの人で溢れていた。そんな人混みをかき分けて、彼女は花柄の折り畳み傘を差してやってきた。
予約しておいた焼き鳥屋に入り、ビールで乾杯。会社の先輩に遭遇するというハプニングもありながら、彼女の価値観を探った。「食の好み」「仕事の価値観」「家族」「恋人」、失礼のないように、話せる範囲を徐々に広げていった。
23時半になり、そろそろ終電か、という時間帯。お手洗いに行っている間にお会計を済まし、ここで勝負に出る。
「この後、どうしはります?」
「どうしたいの?」
こうくるか。どうしたいの、どうしたいのと言われると、それはもうなだれ込むしかないだろう、いやしかし初対面の人とそういう関係も、いやいやいい歳をこいて何を今更。煙草に火をつけようとすると、ジッポオイルが切れてしまい、使い物にならない。テンパる気持ちを抑えつつ、散歩することにした。
「あのー、えーっと」
「なに?」
「順番ってあるとおもうんですよ、順番」
「うん?」
「お互い大人とはいえ、ね、中途半端な関係になるのも僕嫌なんで、うん、付き合ってくれませんか?」
「うん」
「えっ、ほんまにいいんすか、え」
「いいよ〜」
ロマンチックのかけらもないが、かくして付き合うことになったのである。
あの日、僕は、黒いタクシーに乗って、仕事終わりの彼女を、迎えに行ったのである。